年末年始が苦手だ

1月10日。鏡開きを迎え、街からお正月の飾りが消え、ようやくいつもの日常が戻ってきました。

毎年この時期になると、私はホッと胸をなでおろします。というのも、やはり今年も再確認してしまったからです。「ああ、やっぱり私は年末年始が苦手だ」と。

「たった1日」に背負わせすぎている

12月31日から1月1日へ。 日付が変わる瞬間、世の中はまるで魔法にかかったかのような大騒ぎになります。でも、実際にはたった1秒が経過し、新しい24時間が始まっただけのこと。

それなのに「去年までの自分を精算しよう」「今日からは新しい目標を立てよう」と、無理に区切りをつけようとする空気。私はどうも、あの独特の「リセットしなきゃいけない感」に馴染めないまま、この数日をやり過ごしていました。

昨日までの悩みが消えるわけでも、私の細胞が入れ替わるわけでもない。地続きの毎日を生きているだけなのに、無理やり線を引きに行っているような。 そんな違和感を、今年もやっぱり感じてしまいました。

太陽の動きに、心が合わせなきゃいけないの?

ふと気になって調べてみたのですが、私たちが「365日で1年」と決めて一喜一憂しているのは、元をたどれば古代ローマの暦などがベースになっています。

基本的には、地球が太陽の周りを一周する周期ですよね。昔の人にとっては、農作物を育てるために季節を知ることは死活問題でした。だからこの「365日」という区切りは、生存のための知恵だったわけです。

でも、現代を生きる私たちの心や生活のバイオリズムが、必ずしも太陽の公転周期とピッタリ重なる必要はないはず。歴史的に決まった「365日」という数字に、自分の感情や目標まで振り回されてしまうのは、なんだかもったいない気がしてしまいます。

「みんな一緒」という同調圧力

みんながみんな「1年」という共通の規格で生きていることにも、少しだけ窮屈さを感じます。

1月に目標を立てて、12月に振り返る。 けれど、人生のタイミングは人それぞれです。2年かけてじっくり何かを成し遂げたい人もいれば、4月にこそ新しいスタートを切りたい人もいる。

それなのに、年末年始になると「さあ、みんな揃って一区切りですよ」という空気が流れる。この無言の同調圧力が、私を少しだけ疲れさせてしまうのだと気づきました。

守りたかったのは、いつもの「リズム」

結局のところ、私が一番辛かったのは、日々の生活の心地よいリズムが崩されること。

お気に入りのお店が閉まり、物流が止まり、いつものルーティンが許されない。静かに淡々と積み上げてきた自分のペースが、強制的にシャットダウンされてしまう感覚。

「あけましておめでとう」と無理に背筋を伸ばさなくても、私は昨日と同じようにコーヒーを淹れ、昨日からの続きを丁寧に歩んでいきたい。私にとって大切なのは、カレンダー上の節目ではなく、途切れることのない「今日」という日を積み重ねることなのだと、この数日で改めて実感しました。

ようやく世間が落ち着きを取り戻した今。 「お正月ムード」から解放された私は、やっと自分の本当の1年が始まったような、そんな穏やかな気持ちでいます。

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